(集会報告①)「不穏なトランプ効果―加速化する改憲と24条の危機」 清末愛砂

2017年1月6日に開催した「不穏なトランプ効果―加速化する改憲と24条の危機」。報告の1回目は、清末愛砂さんによる講演です。

明文改憲が目指すもの―緊急事態条項、24条、9条をめぐって

レジュメはこちら→(清末愛砂レジュメ)明文改憲が目指すもの-緊急事態条項、24 条、9 条をめぐって

保守改憲勢力の憲法観

今日は明文改憲について、とりわけ緊急事態条項と24条と9条のセット改憲によってどのような効果が狙われているのかについてお話します。

ずっと改憲をねらってきた保守改憲勢力の憲法観から話します。彼らは基本的に「強い国家」を目指しています。そこにはいくつかのエッセンスがあります。強い国家を形成するためには、愛国心を強化し、国家への忠誠心を誓わせるような憲法が必要となります。これは立憲主義と真っ向から対立するものです。

そして彼らは、個人をベースとする人権保障をめざす日本国憲法を「利己主義を促す個人主義的な憲法」と批判し、国家存立のためには人権制約はやむを得ないという考えを持っています。

また、もう1つの特徴は、家族を社会の基礎的な構成単位として位置づけているということです。日本国憲法は国家は個人から構成されると考えますが、彼らは「家族という細胞が国家の土台をつくる」という発想を持っています。

こうした価値観をもとに、「家族の助け合い」というようなものが出てくるのですね。その目指すところは、家族内での監視体制をつくり、また「助け合い」という名のもとで社会保障を削減することにあります。それはすでに私たちの目前に迫っている状況だと思います。

そして、平和という問題については、安全保障の枠組みで考えています。これは日本だけでなく米国やEU諸国もふくめてそうなのですが、そもそも平和というものは権利として考えるべきものです。

つい先だって、国連総会で「平和への権利宣言」(http://www.un.org/en/ga/search/view_doc.asp?symbol=A/RES/71/189)が採択されたように、人権の枠組みで考えるものです。しかし彼らは、平和を安全保障の枠組みのみで考え、国際社会の安全保障に寄与することが積極的平和主義を推し進めるやり方なのだ、と主張します。

そしてもう1つの特徴として、経済活動における規制緩和、新自由主義経済の推進を目指しています。この「強い経済」志向と積極的平和主義での軍事主義という2本立てが大きな特徴と思います。

  明文改憲のターゲット

さて、現時点での明文改憲のターゲットの一つは、緊急事態条項、憲法学でいうところの「国家緊急権」の導入にあります。

緊急事態条項の導入は近年になって出てきたものだと誤解されがちですが、実は非常に早い段階からその導入が目論まれてきました。1952年のサンフランシスコ講和条約の発効により、いわゆる「主権の回復」がなされてすぐ、1954年の自由党(自民党の前身)の憲法調査会の「日本国憲法改正案要綱」に緊急事態条項が盛り込まれていましたし、近年でいえば、2001年の日本会議の新憲法研究会の改訂版「新憲法の大綱」、2004年の自民党の憲法改正プロジェクトチームの「論点整理」、2012年の自民党の「日本国憲法改正草案」…といった歴史を経て、東日本大震災や2015年11月のフランス同時多発攻撃などを利用して、憲法に緊急事態条項を入れるべきだという議論が再活発化している状況だと思います。

24条もまた次なる明文改憲のターゲットの一つとなる可能性があります。緊急事態条項と同じく、歴史的にずっとその導入が狙われてきました。自由党の日本国憲法改正案要綱にも入っていました。24条がなぜこれほど徹底して攻撃されるのか。それは、保守改憲勢力の国家観を24条が完膚なきまでに否定している条文だからです。24条ができた当時は革命的インパクトを持っていました。新憲法(日本国憲法)を作る際に日本政府は家制度を廃止する気はさらさらなかったのですが、右派と左派の議論が拮抗する中で結果的に個人をベースとする理想的な日本国憲法24条が生まれました。

このほか話題になっている環境権については、憲法学の学説としては13条と25条でもって確立しているので、新たにつくる必要はありません。これを突破口にして改憲を進めようとする可能性もありますので、環境権については今の条文で十分カバーできるのだ、と言っていく必要があるかと思います。

保守改憲勢力の長年のターゲットは、緊急事態条項創設と24条改憲と9条改憲です。

サンフランシスコ講和条約以降の改憲運動の流れの中で、保守改憲政党は再軍備化と24条改憲をひたすら要請してきました。1954年に自衛隊が創設され、そのわずか4ヶ月後に自由党が出した日本国憲法改正案要綱に、「最小限度の軍隊」の設置が入っていました。彼らは、9条2項の「戦力の不保持」という条文を変え、正規の軍隊を持つという大きな欲望を持っています。しかしこれまで、55年体制の中で野党が一定の議席を持っていたので9条改憲を押し通すことはできませんでしたが、現在は衆参両議院で改憲勢力が三分の二を占めるという非常に厳しい状況になっているので、彼らはとにかくここで改憲をしなきゃ、と意気込んでいると思います。

しかし、米国でトランプ政権ができるまでは、9条改憲はハードルが高い、と思っていたと思います。2015年9月の安保関連法、いわゆる「戦争法」の強行採決によって、事実上の解釈改憲もでき、集団的自衛権の行使を可能にするという彼らの大きな目的は達成されましたので、人々の改憲アレルギーも想定される中で、性急に9条明文改憲をするのは危ういかな、と思っていた部分があったと思うのです。しかし、トランプ氏が大統領選で勝利したことで、情勢が大きく変わりました。彼は日本に対し、世界の安全保障に寄与するためには軍事力を高めることが必要だと言ってきましたし、いつまでも米国に頼るな、という雰囲気を醸し出しています。安倍首相も米国との関係強化を強く望んでおり、トランプ氏の動向なりを利用して、さらなる日本の軍事力増強のために、9条2項の改憲が必要だ、と主張し始める可能性があります。ですから、今は9条も危ないと思います。

 緊急事態条項の特徴

緊急事態条項、つまり国家緊急権とはどういうものなのか、日本で最も有名な芦部信喜先生の憲法学の教科書を参考にしながら解説します。

緊急事態条項の大きな特徴は、憲法秩序が停止する、ということです。立憲主義が否定されますので、どんどん人権制約がなされることになります。とりわけ、非常措置の名のもとで国家権力の一部が巨大な権力を掌握し、様々な命令を出すことができるようになります。

緊急事態条項を導入したい勢力の目的は「国家の存立」であって、民衆の生命なんてどうでもいいのです。はっきり言いますと、大日本帝国の歴史が語っているように、国家はけっして民衆を守りません。大日本帝国時代の大日本帝国憲法には条文として緊急事態条項に相当するものが入っていました。

本日のレジュメの2ページ目に、大日本帝国憲法の緊急命令や戒厳宣告、非常大権について入れておきましたが、緊急事態条項に相当するものがいくつもあったわけです。とりわけ、天皇の緊急勅令が多用されました。例えば1923年の関東大震災の時には、緊急事態条項のもとで軍が出動し、朝鮮人や中国人の虐殺が行われたのです。私たちは歴史から学ぶ必要があります。

こうした歴史があり、日本国憲法に緊急事態条項が入らなかった、という経緯があります。しかし実は、GHQによる占領時代に1度だけ非常事態宣言が宣言されたことがあります。1948年、日本の朝鮮人に対する大弾圧として宣言されたということは伝えておきたいと思います。

さて、自民党の日本国憲法改正草案とはどういうものでしょう。自民党はずっと緊急事態条項を入れようと目論んできましたが、条文の形として出してきた2012年の日本国憲法改正草案が参考になります。9章として新しい章「緊急事態」を新設し、98条(緊急事態の宣言)と99条(緊急事態の宣言の効果)という2つの条文案が明確に出されました。

98条1項は、緊急事態宣言をいつ、どのような理由で出すことができるのか、という条文です。ここで非常に気になるのは、「内乱等による社会秩序の混乱」という文言が入っていることです。この国の政権与党には、民衆のデモを「テロだ」と公言する政治家たちがいますから、民衆による抗議行動などが内乱とみなされる可能性があります。

「でも、自然災害が起きた時は必要なんでしょ」という声も出てくると思うのですが、そもそも災害や被災者対策というのは憲法で対応するものではありません。個別法で対応すべきものであり、すでに災害対策基本法など-その内容自体は問われる必要があるのですが-の法律が整備されています。自然災害への対応を憲法に入れる必要はまったくなく、むしろ憲法に入れることによって災害対策が有効に機能しない可能性があるということも識者によって指摘されています。

それから、98条3項です。「百日を超えて緊急事態宣言の継続をするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない」と規定されていますが、政権与党が大半であればなんでもゴーサインが出ます。危険な政権ほど長期政権維持の手段を欲しがりますし、長期間にわたり緊急事態宣言が効力を持つ可能性があります。

99条も非常にあぶない条文です。「内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる」とあります。これは立法機関をも否定していると思いますが、それ以上に問題なのは、人権を大幅に制限するような政令が乱発され、それらの政令のもとで人々がどんどん弾圧される可能性があるという点です。

99条1項でさらに、「内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行」うことができるとなっていますから、安全保障の名目で武力行使のための予算を拡大し、戦争のためにどんどんお金をつぎ込むことができるようになります。

そして、自治体の権限を否定することもできます。そもそも自治体の長は政府からの指示を拒否しにくい状況があります。これは地方自治を否定することにもなりかねません。

さらに99条3項です。これを見た時、非常に怒りを覚えました。「緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も(中略)従わなければならない」とあります。しかし、守られるのは「国民の生命、身体、及び財産」となっています。これは明確に、守られる対象は「国民」であるが、服従命令の対象は「何人も」だと言っているのです。日本にいる外国籍の方々すべてが従わなければならないということです。しかし守られる対象ではないのです。非常に差別的です。

そして、「(緊急事態)宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されない」とあります。これは、選挙の引き伸ばしによって長期政権の維持を可能にする、という恐ろしい状況を生み出します。

12年に出された自民党の日本国憲法改正草案には、このようなものが入っています。彼らの目的や根底にある思想はこういうものなのですから、注意しておかねばならないと思います。

24条の意義と「セット改憲」

24条の意義を再確認しておきたいと思います。

憲法学上、24条は家制度を廃止し、両性の本質的平等、婚姻の自由を謳っていますので、消極的に自由権と平等権を保障したという通説が通っています。24条について、憲法14条の平等原則の枠組みで理解されることが多いと思うのですが、私はもっと13条の個人の尊重と24条が述べる個人の尊厳の枠組みで理解されるべきものと考えます。1970年代に世界的に広がった女性解放運動や1980年代以降の女性学、ジェンダースタディーズの影響を受けて、憲法学の中でも24条を積極的に再評価するという動きが始まりました。その中で、家制度が廃止されても家族の中における差別や暴力がなくなるわけではないので、24条は家制度廃止以降の家族内におけるジェンダーに基づく差別や暴力を克服するための条文という位置づけがなされてきました。

そしてもう1つ、憲法24条は、日本国憲法の3大原則の1つである平和主義を構成する重要条文であるということを再確認しておきたいと思います。家制度を廃止したということはすなわち、大日本帝国時代の軍事主義を否定したということでもあるのです。なぜなら家制度は軍事主義を支えるものであったからです。さらには、国家が戦時体制、軍事主義を広げるために要請してくる家族秩序を否定したという意味で、非常に平和的な、非暴力的な考え方を持つ条文といえるのです。

これに加え、大日本帝国時代の軍事主義への反省という点からも、侵略をされた側の民衆にとってみれば、24条も9条も日本が二度と軍事国家にならないという約束である、という風にも取れるわけです。9条と24条が一体化しているということがここで明確になっていると思うのですが、もう1ついうならば、24条は社会権と結びつけて解釈すべき条文でもあると思います。社会のジェンダー構造から生じている女性や子どもの貧困を考える時、24条と25条が隣同士であることが偶然ではなく、そこには意味があると考える必要があります。

24条というのは、本当にいろいろな意義を持つ条文です。保守改憲勢力にとって24条は、自分たちの憲法観をみごとに否定するものであり、憎らしいものなのです。緊急事態条項の創設と24条改悪は明らかに一体化しています。それは、緊急事態条項によって国家と社会全体を統制し、また民衆が異議を唱えない、モノを言わない国家にするためには、彼らが国家の土台と考えている家族の中でも不満が出ないようにする必要があるからです。ですから、「家族の助け合い」という名のもとでの監視体制をつくる思惑もあると思います。彼らが考える緊急事態条項で社会全体を統制し、24条を変えて家族内での統制をはかれば、ものすごく強固な、彼らの憲法観にそった国家ができあがる、というわけです。ですから、歴史的な流れも含めて「セット改憲」であるということを押さえる必要があると思います。

最後に

9条と24条を結びつけて改憲を止める必要性を強調しておきたいと思います。24条改悪は非常にハードルが低い。「家族は大事だよね、助け合いしないとね」と言われると、「そうだよね」と言ってしまう人は多いと思います。しかも、日本社会はジェンダー意識が低いので、保守改憲勢力は「24条改憲なんてちょろい」と思っているかもしれません。

日本の平和運動や護憲運動は、9条改憲阻止を大きな目的として運動をしてきました。しかし、24条は9条とともに平和主義を構築する条文である以上、軍事主義拡大の一環としての明文改憲に抗するためには、今後は9条を守るだけでなく、24条と9条を一体のものと考え、両者の改憲を阻止する運動を進めていく必要があると思っています。

(以上)

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