24条変えさせないキャンペーン特製クリアファイルができました!

「24条変えさせないキャンペーン」のクリアファイルができました! 好評をいただいているリーフレットのイラストを使用して、2種類のデザイン(クリアカラーとイエロー)をつくりました。1セット10枚(クリア5枚、イエロー5枚)で2,000円です。アジア女性資料センターのウェブサイトから注文できます。こちらから

24条クリアファイル

24条クリアファイル10枚セット(A4サイズ、クリアカラー5枚・イエロー5枚):2,000円(税込)
送料:3セットまで200円、4セット以上は実費
※リーフレットと合わせてのご注文の際は、アジア女性資料センターまでお問い合わせください。TEL:03-3780-5245
リーフレットについてはこちら

 

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(他団体)『右派はなぜ家族に介入したがるのか-憲法24条と9条』公開合評会

キャンペーン呼びかけ人の打越さく良さん、清末愛砂さん、中里見博さん、キックオフ集会に登壇くださった能川元一さんが執筆した『右派はなぜ家族に介入したがるのか-憲法24条と9条』の発売を記念して、6月1日に公開合評会が開催されます。関東近郊の方、ぜひご参加ください!

「右派はなぜ家族に介入したがるのか-憲法24条と9条」(大月書店、2018年)公開合評会のご案内

◆日時 2018年6月1日(金) 18:30 ~ 20:30
◆場所 文京シビックセンター3階南 障害者会館 会議室
◆参加費:無料
◆評者コメント
君島 東彦(立命館大学教授)
◆執筆者応答
中里見 博(大阪電気通信大学教授)
能川 元一(神戸学院大学ほか非常勤講師)
打越 さく良(弁護士)
立石 直子(岐阜大学准教授)
笹沼 弘志(静岡大学教授)
清末 愛砂(室蘭工業大学准教授)

9条改憲だけでは戦争する国は完成しない─「個人の尊厳」と「両性の本質的平等」を掲げる24条は、9条と並んで改憲のターゲットとされてきました。それはなぜか? 本書は哲学、憲法、民法の研究者と弁護士が、「家族」を統制しようとする右派の狙いを読み解き、24条と9条を柱とする「非暴力平和主義」を対置します。このたび、君島東彦氏(憲法、平和学)を評者に迎え、本書の全執筆者が参加して公開の合評会を開催いたします。憲法24条や9条に関心のある方ならどなたでも参加いただけます。ぜひご参加ください。

◆◆問い合わせ 大月書店編集部(角田)
TEL 03-3814-2931

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5.3憲法集会に「24条変えさせないキャンペーン」ブース出店!

5月3日の憲法記念日に24条変えさせないキャンペーンは、有明防災公園で開催される『9条改憲NO!平和といのちと人権を!5.3憲法集会2018』にブースを出店します!

ブースでは、全国で3万部以上を配布している大好評の「24条」リーフレットや、今回の集会に合わせて製作しているキャンペーンのオリジナル・クリアファイルを販売します。また、家庭教育支援法案に関する資料や関連出版物も置く予定です。

ぜひ今年の憲法記念日には、個人の尊厳を奪おうとする改憲をストップさせるために憲法集会に参加して、キャンペーンのブースにもお立ち寄りください。お待ちしています!

5・3憲法集会案内
http://kenpou2018.jp/info/

 

目印のノボリと垂れ幕です!

 

(他団体)平和主義としての憲法24条とアフガニスタンの女性とこどもたち-RAWAの活動を通して

5月12日(土)、大阪で、キャンペーン呼びかけ人の清末愛砂さんの講演会が行なわれます。主催は「RAWAと連帯する会」で、「RAWA」とは1977年にアフガニスタンで設立されたフェミニズム組織。「RAWAと連帯する会」の設立経緯はこちら

平和主義としての憲法24条とアフガニスタンの女性とこどもたち-RAWAの活動を通して

http://rawajp.org/?p=904

3月下旬パキスタンで現地RAWAメンバーと交流を持った憲法研究者の清末愛砂さんが平和主義の観点から24条の意義を語ります。同時にそれと共通するRAWAの精神と最近の活動(RAWA連が全面支援する帰還難民のための学校建設等)およびアフガン情勢について報告します。

24条は日本の憲法学会や平和運動の中では大きな注目を浴びて来ませんでした。しかし実のところ24条(家庭生活における個人の尊厳と両性の本質的平等)は9条とともに憲法の非暴力による平和主義を根底から支える重要な条文です。なぜなら個人の尊厳と両性の本質的平等の達成なくして、非暴力な社会をつくることはできないからです。
現政権は①9条への自衛隊明記、②緊急事態条項の導入、③合区解消、④教育環境の整備の4項目を対象とする改憲を急速な勢いで進めています。これらの改憲が成功すれば、次なる改憲を目指すでしょう。1950年代から改憲保守勢力は、国防軍の設置や緊急事態条項の導入とともに24条の改憲を狙ってきました。家族内での個人の尊厳を謳う24条は、再軍備化と愛国心の強化を狙う人々にとっては目障りな存在であるからです。
個人の尊厳と両性の本質的平等という24条のエッセンスは、RAWA(アフガニスタン女性革命協会)が1977年の創設以来、生命の危険にさらされながらも粘り強く追い求めてきたことと大きく重なるものです。本講演を通して、日本国憲法の平和主義とアフガニスタンとのつながりについて、考えてみませんか。

日 時:5月12日(土)午後1時半開場 2時開始 5時終了
会 場:大阪国労会館(JR天満駅から徒歩3分、大阪府大阪市北区錦町2-2)
参加費:700円 学生300円(資料・茶菓付き)予約不要です
主 催:RAWAと連帯する会
共 催:室蘭工業大学大学院工学研究科ひと文化系領域清末愛砂研究室

木村涼子さん 「家庭教育支援法・青少年健全育成基本法がもたらす「家族」と「教育」(後編)」

imidas掲載の木村涼子さん記事の後編です。

「家庭教育支援法・青少年健全育成基本法がもたらす「家族」と「教育」(後編)国家が「家族のあり方」を強制する時代がやってくる!」

前編はこちらをご覧ください。家庭教育支援法・青少年健全育成基本法がもたらす「家族」と「教育」(前編)

木村涼子さん記事「家庭教育支援法・青少年健全育成基本法がもたらす「家族」と「教育」(前編) 」

imidasのサイトに、社会学者の木村涼子さん執筆による、家庭教育支援法案についての記事が掲載されました。まずは前編です。ぜひお読みください!

家庭教育支援法・青少年健全育成基本法がもたらす「家族」と「教育」(前編)
~国家が「家族のあり方」を強制する時代がやってくる!
木村涼子(社会学者)

安倍政権の次の狙いは、「家庭教育支援法」の成立であろう。この法律案は、2006年に改正された教育基本法に基づき、さらに明確に国家が求める家庭像や親像を提示し、その実現を責務として国民に要求する構えとなっている。
戦前の家制度からの決別を目的とした憲法24条(家庭生活における個人の尊厳と両性の本質的平等を定めた条文)と対立する、と批判集中の「家庭教育支援法」。さらには「青少年健全育成基本法」も成立しそうな勢いである。この二つの法律が定められたら、国家は家族や教育にどんなふうに関与してくるのだろう? 国家は個人をどのように管理していくのだろう? 大阪大学の木村涼子さんにご寄稿いただいた。

全文はimidasのサイトからお読みください。

後編は 家庭教育支援法・青少年健全育成基本法がもたらす「家族」と「教育」(後編)

(他団体)日本弁護士連合会主催 シンポジウム「家庭教育支援法案を考える」

5月16日(水)に、家庭教育支援法案についての集会が日弁連の主催で開催されます。参加費無料、予約不要、夜間ですが保育もあります(要予約)。ご都合のつく方ぜひご参加ください。

https://www.nichibenren.or.jp/event/year/2018/180516.html

シンポジウム「家庭教育支援法案を考える」

現在、自由民主党が国会に提出を予定していると報道されている家庭教育支援法案については、家族を国家主義的な教育の一機関として位置付けるものであり、多様性及び自主性が尊重されるべき家庭に公的な介入を許容するものだとの批判や、個人の尊厳と両性の本質的平等を基礎とした日本国憲法24条の改正の先取りである等の懸念が示されています。

本シンポジウムでは、家庭教育支援法案が検討されている背景、同法案の内容と問題点について、立憲主義、個人の尊重、男女平等の見地からの検討を共有し、同法案についての関心と議論を深める場とします。

日時:2018年5月16日(水)18時30分~20時30分(18時15分開場予定)
場所:弁護士会館17階1701会議室(東京都千代田区霞が関1-1-3 地下鉄丸ノ内線・日比谷線・千代田線「霞ヶ関駅」B1-b出口直結)
参加費:参加無料・事前申込不要(定員:120名)
参加対象:どなたでもご参加いただけます

内容(予定)
講演:角田由紀子 氏(弁護士・両性の平等に関する委員会特別委嘱委員)
講演:杉山 春 氏(ルポライター)
講演:広井多鶴子 氏(実践女子大学人間社会学部人間社会学科教授)
質疑応答を交えた議論

 

臨時保育施設のお申込について 【要予約】
未就学児を対象に臨時保育室を開設します。
ご希望の方は、5月9日(水)までに下記問い合わせ先まで必ずお電話ください。
なお、お預かりするお子様の月齢は、【生後6か月以上】とさせていただきます。 また、健康条件によってはお引き受けいたしかねる場合がありますのでご了承ください。

主催:日本弁護士連合会
お問い合わせ先:日本弁護士連合会 人権部人権第二課 TEL 03-3580-9512

(赤旗)選択的夫婦別姓 最高裁判所元判事 泉徳治さん 少数意見が多数意見になるまで司法も政治も社会も声あげよう

「赤旗」に、元最高裁判事の泉徳治さんのインタビューが掲載されています。夫婦同姓を義務付ける現行制度を「合憲」とした最高裁判決の問題点について大変わかりやすく、24条の意義についても解説されています。ウェブにもアップされているので、ぜひ!

(2018焦点・論点)選択的夫婦別姓

最高裁判所元判事 泉徳治さん
少数意見が多数意見になるまで司法も政治も社会も声あげよう

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2018-03-17/2018031703_02_0.html

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(週刊女性)検証 なぜ国が「家庭」「子ども」に口を挟みたがるのか? 「家庭教育支援法案」「道徳教科化」「青少年健全育成基本法案」

「週刊女性」3月27日号で、家庭教育支援法案、青少年健全育成基本法案、道徳教科化について取り上げられています。1月29日の院内集会での杉山春さんの発言も紹介されています。ぜひ手にとってご覧ください。

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(ウェジー)家庭教育支援法案によって虐待やネグレクト、引きこもりは防げるか―厚木男児遺棄放置事件から【「家庭教育支援法案」の何が問題か?】_杉山春報告

ウェジーによる院内集会「「家庭教育支援法案」の何が問題か?」の報告記事、3回目はルポライターの杉山春さんのお話です。

http://wezz-y.com/archives/52402

1月29日、衆議院第二議会会館にて、自民党が国会提出を目指している「家庭教育支援法案」の問題点や懸念を示す集会が「24条変えさせないキャンペーン」によって開かれた。

2017年2月の朝日新聞によれば、「家庭教育支援法案」には、「家庭教育を『父母その他の保護者の第一義的責任』と位置づけ」、「子に生活のために必要な習慣を身に付けさせる」ことや、支援が「子育てに伴う喜びが実感されるように配慮して行われなければならない」ことなど」が盛り込まれ、さらに素案段階には存在していた「家庭教育の自主性を尊重」が削除されている、という。また、家庭教育の重要性や理解、施策への協力を、地域社会の「役割」(責務から役割に変更された)とも規定されている。

ここからわかることは、「家庭教育支援法案」には保守的な家族規範を強化、公権力が家庭に対して介入する可能性があること、そして地域社会によるプライバシーの侵害や監視社会化など、様々な危険性があるということだ。「家庭教育支援法案」の何が問題か、29日に登壇した弁護士の角田由紀子さん、室蘭工業大学大学院准教授の清末愛砂さん、ルポライターの杉山春さんの発表の様子をお送りする。

家庭教育支援法案は、再び「女・子ども」を底辺に押しやりかねない
家庭教育支援法案が家庭内の暴力防止になりえない理由
家庭教育支援法案によって虐待やネグレクト、引きこもりは防げるか

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ルポライターの杉山春です。私は今まで児童虐待について3つの事件を取材してきました。今日は、現実でどういうことが起きていて、子どもがどういう形で亡くなっていくのかについてお話したいと思っています。

2000年、児童虐待防止法が作られた年に、愛知県武豊町で3歳の女の子がダンボールに入れられ餓死するという事件がありました。この事件について私は『ネグレクト 真奈ちゃんはなぜ死んだか』(小学館文庫)という本で発表しています。それから10年後、大阪府西区で3歳の女の子と1歳半の男の子が、風俗店の寮に50日間放置され亡くなった事件を取材し『ルポ虐待 大阪二児置き去り死事件』(ちくま新書)を書きました。そして昨年12月に出した『児童虐待から考える 社会は家族に何を強いてきたか』(朝日新書)では、2014年に厚木市で発覚した事件について書きました。今日はこの厚木事件についてお話をします。

厚木事件は、5歳の頃に亡くなった男の子が、7年4カ月間、厚木市内のアパートに放置され、白骨死体で見つかったというものです。家はゴミ屋敷で、子どもが出ていけないように外側から扉に粘着テープも貼り付けられていて、当時37歳だったトラック運転手のお父さんを「本当に酷い父親だ」と批判する報道がなされていました。

一審の裁判では、子どもは亡くなる1カ月間前にはガリガリの姿をしていたはずで、医者に見せることも家族にSOSを出すこともしていなかったのは殺意があったからだ、ということで、お父さんには殺人罪として19年という非常に重い判決が下っていました。

実は私は厚木事件に直接関わってしまっています。最初の判決の後、亡くなった男の子は白骨遺体で見つかっているため、本当にガリガリだったのかわからないのではないかということを法医学の先生たちから伺い、弁護士に伝えました。どんなにまるまるとした男の子だったとしても、7年も経てばそのことがわからないような姿になってしまうそうです。二審では、保護責任者遺棄致罪として、12年の判決が下っています。

厚木事件が他の事件に比べて特徴的なのは、お父さんが子どもの存在を一切周囲に伝えていなかったことです。一度だけ、お母さんが子どもを置いて家出したときに、児童相談所に繋がってはいるのですが、そのときは迷子ということにされ、児童虐待という判断はされませんでした。そのため社会が、この家に子どもがいること、困っている家族がいるかもしれないということがわかっていなかったんです。

裁判を傍聴する中で、この家は雨戸が締められ、真っ暗闇のゴミ屋敷で、電気、ガス、水道も止められていたこと、父親はそんな家に2年間、朝晩帰っていたこと、子どもにはおにぎりやパン、コンビニ弁当や飲み物を与え、おむつも替えていたこと、一緒に寝たり遊んでいたりした形跡があることなどがわかってきます。

はたから見れば圧倒的に不思議な子育てですが、実はお父さんには軽度な知的障害がありました。知的なハンディがある中で子育てをしている方への支援者に取材したところ、知的なハンディは、トラック運転のような具体的なことはできても、自分や子どもが将来どうなっていくのかなど将来を見通すことや、必要な情報を社会からとってくるといったことが苦手だそうなんです。

実際、このお父さんはトラック運転手としては評価Aを得ていたそうです。求められることには従順なのですが、いま何に困っているのか、どういう支援がほしいのかといったことを社会に向かっては言えないタイプのお父さんだったんですね。亡くなった男の子はもう少ししたら小学校に入るはずだったのですが、深く考えたことはなかったと言っていました。児童相談所があることも知りませんでしたし、保育園のことは知っていても、早朝の仕事なので無理だと思った、とも言っていました。

もうひとつ裁判の中で明らかになったことは、お父さん自身も精神障害を持っているお母さんに育てられていた、ということです。私はお父さんと拘置所で話したり、手紙でやりとりをしたりもしています。いろいろと質問する中で、お父さんに「あなたの小さい時の記憶は何歳からありますか?」と聞いたところ、「12歳」と答えました。1歳年下の妹さんに同じ質問をすると、「11歳」と答えます。この年齢というのは、お母さんの病気が明らかになり病院に入院し、家庭の中におばあちゃんが入っていった年なんです。「あなたは小さい時に三度三度ご飯を食べていましたか?」と聞いても、「記憶にない、おばあちゃんが家に来てからは三度三度ご飯を食べていた」と答えていました。

子育てというのは、親からしてもらったことをするところがあります。ですからこのお父さんのように、母親の記憶がない中での子育てというのはとても難しいところがあります。

また、お父さんは県立高校卒業後、専門学校にはかなり無理な入り方をしていて、片道3時間もかかるような学校に通っていました。もしかしたらご家族にも、判断をする力がなかったのかもしれません。そういう中で、高校にも通えなくなってしまい、社会にうまく繋がっていけなくなってしまいます。

退学後、お父さんはアルバイトを経て、ペンキ職人になります。ところがペンキ職人は、雨が降ると仕事がなくなってしまうため、収入も減ってしまいます。また、その頃に17歳の女の子が転がり込んできて妊娠します。周囲に認めてもらい結婚し、家族を作るのですが、お金が足りなくなることも増え、借金の問題を抱えるようになります。そこで正社員のトラック運転手に転職しました。

トラック運転手というのは、荷待ちなどがあるため、293時間という長い拘束時間が公的に許されている職業なんですね。次第に、夫婦間の喧嘩も増え、10代のお母さんと23歳のお父さんはうまく子育てができず、さらに実家との関係もよくない、という孤立状態に置かれていきます。そして、お母さんは家を出ていき、残されたお父さんは先程お話したような子育てを2年間続けていました。

愛知県武豊町で事件が起きた2000年に比べて、現在は公的な支援も多様になり、研究も進んでいます。そうした中で、子どもを殺してしまうほどの親というのは、実は幼いときから社会に助けられた経験がなく自分たちの思いに親が応えてくれた経験もなかったことがわかってきています。社会への不信感がとても強く、さらに「家族であれば子育てをきちんとしなければいけない」という感受性を、どの事件の親も持っている。だからこそ、自分が子育て出来ていないこと、うまく生きられない自分を隠してしまう、そして子どもがネグレクトされてしまうんです。

家族規範は昔よりゆるくなっていると感じている方もいるかもしれませんが、現場で取材をしていると、お母さんであれば子育て出来なければいけないとか、家族でしっかり子育てしなければいけないという思いを強く持っている方は多くいます。そんな人たちに「あるべき家族像」を示したとしても、助けを得られるということも知らないわけですから、その家族像に自分を当てはめようと今まで以上に頑張ってしまいかねません。

大阪の事件では「子どもを放置した風俗店の女性」と報道されていましたが、取材してみると、お母さんとして頑張っている時期があったんです。頑張れていたときは、生活している町が用意している子育て支援のメニューを全て使っていて、頑張れなくなったときに公的な支援に頼れなくなっていったことがわかってくるんですね。

虐待事件を取材する中でお伝えしたいことは、子どもを虐待死させた親は子どもをしっかり育てたいと思っていた時期もあったということです。でも、困難な家ほど、家族規範が強く、自分ひとりで頑張ろうとしてしまう。社会に向かって必要な情報や権利をとってくるというのは知的な能力や他者とのコミュニケーション能力を必要とすることです。そういう力が乏しければ乏しいほど、家族規範や社会規範を内面化し、「一生懸命頑張ればうまくいくはずだ」と思い、どんどん追い詰められていくのだと思います。

最後に、厚生労働省が昨年8月に出した、「新しい社会的養育ビジョン」についてお話させてください。

この「新しい社会的養育ビジョン」と家庭教育支援法案は、どちらも家庭の中に公的な権力が入っていくものとして不安を抱く人がいるかもしれません。違いが見えにくい部分があるのですが、「新しい社会的養育ビジョン」は、家族で完結して子育てしなければいけないという価値観は、社会の周辺部で、いろいろな意味での困難を抱える人達にはもう無理だということで、どういう支援を入れるべきかを考えるための新しい動きなんですね。育児が困難な家庭から子どもを引き取ってしまえ、という話ではなく、地域の中で子どもも親も支援していこうというものです。家族規範に縛られて子どもに適切なケアができなくなっている家族に、子どもを権利の主体として、最善の利益を実現するために、その家族が必要とする支援を届けることを考えています。

誤解されたまま、「新しい社会的養育ビジョン」が潰されてしまう可能性もあるので、家庭教育支援法案とは違うものだと理解していただければ、と思います。