9.2キックオフシンポジウムの報告(前半)

2016年9月2日、上智大学で「24条変えさせないキャンペーン」のキックオフシンポジウムを開催しました(主催:24条キャンペーン、協賛:ウィメンズアクションネットワーク(WAN))。2012年に公表された自民党の改憲草案はどの条文も問題だらけで、改憲ならぬ「壊憲」と言われているほどです。その中で目立たないながらも、安倍政権とその支持基盤の保守や右派勢力がこだわり続ける24条改憲を阻止しなければ、と発足した「24条変えさせないキャンペーン」。その初のイベントは、会場いっぱいの参加者を集めて活気に満ちた集まりとなりました。

キックオフシンポジウムでは、まず、木村草太さんが24条の現状について話しました。木村さんは日本国憲法の複雑な制定過程を簡潔に解説し、GHQ案の原文を示しながら、24条のポイントは、明治憲法下では女性の地位が低く、婚姻に際して戸主の同意が必要だったものが、両性の合意のみで婚姻が可能になったことであるのだが、自民党改憲草案は「のみ」を外すことでほかの人が介入できるようにしている、と述べました。制定当時の憲法普及カルタでは24条を示す札に「愛は勝つ」と書かれたことを示して、この条文が当時注目されたことを紹介。また、現行24条を同性婚禁止規定と読むことは不可能であり、かつ、夫婦別姓訴訟において最高裁が示した24条についての解釈において「男女」ではなく「当事者」という言葉を使用していることに意味があると指摘しました。
そこから24条が使われる例として、2015年12月に出された、民法の夫婦同姓強制を合憲とした最高裁大法廷の判決に触れた木村さんは「(夫婦同氏を定める)民法750条は違憲くさいが、原告側の代理人の法律構成の選択のミスで敗訴になりました」と発言。「氏変更に同意したカップルと別姓希望のカップルとの間にある不平等を主張すれば、愛する夫と手を取り合って裁判所に向かうことができたのに、女性差別と言ったがためによく分からない訴訟になった」と持論を展開しました。「男女間の不平等は平等権14条で解決することになるので、24条を使うことはあまりないのが現状」と話し、24条はその精神を高らかにうたいあげているところに意味がある、と締めました。

続いての対談では、北原みのりさんが「女性の痛みや差別の言葉が憲法に届かないのは問題では?」と、夫婦別姓訴訟についての木村さんの見解をさらに聞き出しました。木村さんは、合憲判決が出た中でも5人の裁判官(うち3人が女性)が出した「違憲」の意見について、「夫婦同姓(しか選べない民法)はもともと違憲だったはずで、働く女性が増えたから違憲になったわけではないはず」として一蹴。それに対して北原さんは、法律やそれを運用する側のジェンダーや、ジェンダーに基づく規範の影響を指摘しました。
そして、差別の問題に話題が移り、木村さんが、法令上、平等権と差別されない権利は違うものであり、平等権というのは不合理な差別があったときにその解消を求める権利で、差別されない権利というのは変えられない人間の類型に向けられた差別感情などに基づく措置の解消を求める権利だと解説しました。それを受けて北原さんは、今回の夫婦別姓訴訟において構造化された差別が差別として認められないのは納得できないと追及。木村さんは、そもそも「差別があっても差別されない権利は憲法で保障されていない」という最高裁の解釈がおかしいのであって、これを変える必要があると答え、北原さんが「木村さんが闘って、勝って変えてほしい」というと、木村さんは「依頼を受ければ書面は書きます」と約束しました。
自民党の改憲草案について改めて問われると、木村さんは「ダメなものをダメだと言うことはまあまあ大事ですよね」としつつも「相手にする価値がない」「24条だけでなく、(自民党草案の)ほぼ全文が意味がないもの」と切り捨てました。対する北原さんが、「相手にするなってムリですよね。もう始まったもんね、闘いが」と返すと、木村さんも「自らの草案を評価しないそぶりを見せつつ引っ込めない自民党に突っ込まないメディアも怠慢。なぜこんなものを撤回しないのか聞くなど、ちくちくやるのが大事」と応じました。最後に24条の意義について木村さんは、日本国憲法が定着し、親の同意があってもなくても現在は婚姻届を提出すれば受理されるようになったために、24条の価値が見えにくくなったと指摘。北原さんも、ベアテさんの講演会に行った時に初めて24条を読んだ時も、何が良いのかよくわからず、当たり前のことが書いてあると感じたと話しました。しかし現在は24条のありがたみを実感しているとして、「両性の合意のみ」の「のみ」があるからこそ、自分のように婚姻しない自由も保障されているのであり、「のみ」を外そうとしている自民党草案の背景にある、女性差別の現状が透けてみえると指摘しました。そして、今、「差別」が「差別」として理解されない、伝わりにくい時代になっており、選択的夫婦別姓についてもコストの問題として語られる現状を「おぞましい」と表現。「差別は痛みであり、それが通じなくなっている社会がすごく怖い。だからこそ、この憲法を必死で守らなきゃいけない、と思うんです」と話し、対談を終えました。

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