(衆議院)憲法調査会報告書|家族に関する部分

2000年1月、衆参両議院に「憲法調査会」が設置されました。これは、5年をめどに「日本国憲法」について調査するという目的で作られ、衆参の憲法調査会は2005年にぞれぞれ報告書を出しています。役割を終えた「憲法調査会」は2007年8月に「憲法審査会」に改編されました。

ここでは、衆議院の憲法調査会の報告書から「家族」に関する部分を以下にピックアップしました。(太い黒字が家族尊重規定を入れるべきだとする意見(自民党改憲案と同じ部分)ピンクが家族尊重規定を入れることに反対する意見

衆議院憲法調査会報告書 2005年4月 
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/houkoku.pdf/$File/houkoku.pdf

第3章 憲法調査会における議論

(略)

P238~

第4 国民の権利及び義務
1 国民の権利及び義務総論
(略)
(5) 国民の義務
国民の義務規定を増やすことの是非については、意見が分かれた。
義務規定を増やすべきであるとする意見は、その論拠として、①戦後、日本の社会の各方面において、権利の裏にある義務に対する認識が非常に希薄になり、国家、社会、家族・家庭への責任や義務が軽視され、権利主張のみが横行して他者の権利を侵害し、あるいは、社会の混乱を引き起こすという弊害が生じていること、②権利の行使には義務の履行が伴うこと等を挙げている。この意見の中には、近代立憲主義を克服し、憲法を、国家と国民の協働を規定するものとして再構築することを志向するものがあった。また、義務規定を増やすべきであるとする意見は、国防の義務、環境保全の義務、投票の義務等を義務規定として追加することを提案している。
これに対し、義務規定を増やすべきではないとする意見は、近代立憲主義の憲法観を前提として、憲法の規範の名宛人は公権力であり、国民に対して義務や責任を多く課すべきものではないことを主たる論拠とし、これに加え、憲法に義務規定を増やしても問題の解決にはならないことをも論拠としている。
(略)

2 国民の権利及び義務各論
国民の権利及び義務の各条項については、その解釈に当たっては、その制定経緯や歴史的背景を重視しなければならず、また、各条項に一定の評価を行いつつも、新しい人権を明記する等必要な憲法改正を行うことを主張する意見と、憲法の人権規定は、学説や判例の展開とともに、その内容も豊かなものとなってきたものであり、憲法改正の必要はなく、その実現こそが求められているとする意見等が述べられた。

(略)

(5) 家族・家庭に関する事項
家族・家庭に関しては、選択的夫婦別氏制の導入の是非について議論が行われ、女性の働く権利に資する等のために、選択的夫婦別氏制の導入に賛成する意見と、家族の崩壊を誘発するおそれがあること等から、これに反対する意見が述べられた。
また、家族・家庭や共同体の尊重のような規定を憲法に設けることの是非について議論が行われ、この点については、意見が分かれた。
家族・家庭や共同体の尊重のような規定を憲法に設けるべきであるとする意見は、その論拠として、①24 条が行きすぎた個人主義の風潮を生んでいる側面は否定できないこと、②顕在化している社会問題を解決するために、社会の基礎としての家族・家庭の重要性を再認識し、家族における相互扶助、家庭教育等の家族・家庭が果たしてきた機能を再構築する必要があること等を挙げている。
家族・家庭や共同体の尊重のような規定を憲法に設けるべきではないとする意見は、その論拠として、①利己主義と 24 条は関係がなく、同条を否定的にみる必要はないこと、②家庭崩壊等の社会問題の解決は憲法に規定を置くよりも家庭生活を守るための具体的な政策に待つべきものであること、③家族・家庭の尊重のような価値の法制化に危惧を覚えること、④家族条項の規定が戦前の家制度への回帰につながることへの懸念等を挙げている。

(略)

P282~

第2款 前文
第1 前文に関する総論的な発言
(略)

4 前文の内容
前文の内容に関する意見の大半は、憲法の基本三原則、我が国固有の歴史・伝統・文化等及び地球環境に対する我が国の対応との関連で述べられた。
(1) 憲法の基本三原則(特に、基本的人権の尊重の明記)
(略)
(2) 我が国固有の歴史・伝統・文化等
我が国固有の歴史・伝統・文化等を前文に明記すべきか否かについて議論が行われた。この点については、前文に我が国固有の歴史・伝統・文化等を明記すべきであるとする意見が多く述べられたが、明記する必要はないとする意見もあった。
なお、前文に我が国固有の歴史・伝統・文化等を明記すべきであるとする意見には、憲法の基本三原則等の普遍的な価値との融合を図るべきであるとする意見もあった。
ア 前文に我が国固有の歴史・伝統・文化等を明記すべきであるとする意見
まず、我が国固有の価値としての歴史・伝統・文化等を前文に明記すべきであるとする意見が多く述べられた。
その上で、我が国固有の歴史・伝統・文化等の具体的な内容を述べたものとして、次のような意見があった。
a 長い歴史の中で国の安定に大きな役割を果たしてきた天皇を国民統合の象徴としていただく民主的な国家であるという国のかたちを表わすべきである。
b 家庭や地域社会を温かい人間の絆によって維持してきたという共生の理念を前文に明記すべきである。
c 家族・家庭を通じて国民の間に社会連帯の意識を培ってきた我が国の歴史や伝統にかんがみ、家族・家庭の大切さを明記する必要がある。
d 神道や仏教や儒教の精神を混淆させながら、我が国がこれまで歩んできた精神文化に触れるべきである。
e 愛国心の涵養を明記すべきである。
なお、歴史・伝統・文化等の理念について、国家主義的なものではなく、人間主義や生命尊重という哲学を踏まえて考えていく必要があるとする意見もあった。

イ 前文に我が国固有の歴史・伝統・文化等を明記する必要はないとする意見
前文に我が国の歴史・伝統・文化等を明記する必要はないとするものとして、次のような意見があった。
a 近代立憲主義という点では、前文に国家像を示すことは世界史的に逆行する考えである。
b 前文は憲法制定時における国際的、国内的な原則の到達点を積極的に取り入れるものであり、歴史や文化が規定されていないために自信や誇りが持てないというのは見当違いである。
c 歴史・伝統・文化等は多様性を持っており、憲法に書いて本来国民に強制できるものではない。
d 家族・家庭を大切にするという道徳は、日常の意識の中で作られるものであり、急がれているのは、前文に家族を大切にすることを明記することではなく、現実に子どもたちが置かれている状況を具体的に検討していくことである。
e 家族・家庭を大切にするという価値については、よほど気をつけて規定しないと、家族を持ちたくても持てない人達にかえって辛い思いをさせてしまう。

P346~

第5款 国民の権利及び義務

Ⅰ 国民の権利及び義務総論
第5 国民の義務
現行の国民の義務規定に追加して、新たな義務規定を設けることの是非及び仮に義務規定を追加するとした場合、どのような義務を追加するかについて議論が行われた。

1 憲法上の国民の義務規定
憲法の義務規定を増やすことについては、これを増やすべきであるとする意見と増やすべきではないとする意見が述べられた。

ア 国民の義務規定を増やすべきであるとする意見
(ⅰ)国民の義務規定を増やすべきであるとする意見の論拠
義務規定を増やすべきであるとする意見は、その論拠として次のようなものを挙げている。
a 戦後、日本の社会の各方面において、権利の裏にある義務に対する認識が非常に希薄になり、国家、社会、家族・家庭への責任や義務が軽視され、権利主張のみが横行するようになり、これによって他者の人権の侵害、社会の混乱等が引き起こされている。これらの問題の解決のためには、基本法たる憲法に義務を明記し、義務意識や責任意識の再構築を図る必要がある。
b 権利と義務は表裏一体の関係にあり、権利の行使には義務の履行が伴うことを明記する必要がある。いわゆる新しい人権を規定するのであれば、その裏にある義務も明確にする必要がある。
c 国家権力を制限することにより国民の自由を保障するものとする近代立憲主義を克服し、憲法を、国家と国民の協働を規定したものとして再構築すべきである。そのためには、現在ある義務規定のほかにも義務規定を設けるべきである。
d 国民の義務規定を増やすことに反対する者は、近代立憲主義は権力を名宛人とするものであって、国民を名宛人とする義務規定を設けるのはおかしいと批判するが、現実に、憲法には三つの義務が設けられており、そのような批判は成り立たないのではないか。

(ⅱ)増やすべき国民の義務の内容
義務規定を増やすべきであるとする意見は、増やすべきものとして次のようなものを挙げている。
① 国防の義務・徴兵制
公共的な責務という観点から、憲法に国を守る義務を明記すべきであるとする意見と国を守る義務を国民に課すことは徴兵制につながるとして、これを懸念する意見が述べられた。
② 環境保全の義務
権利と義務は一体であり、仮に、国民の環境に関する権利を規定するのであれば、国民による環境保全の義務又は責任も憲法に規定する必要があるとする意見が述べられた。
③ 投票の義務
健全な民主政治の発展のために、投票は、選挙権の裏返しとしての国民の義務であることを憲法に明示すべきであるとする意見が述べられた。
④ その他の義務
その他、国民の義務について、次のような意見が述べられた。
a 親が子どもを養育する義務や、家族間においてお互いがいたわり養育し合うという義務を規定すべきである。
b 財産権は、我々の社会生活上非常に重要な要素であり、しかも、これをめぐって様々な問題があるため、社会的にそれをうまく活用する責任も付随する。所有者の責任・義務を何らかの形で憲法に書き込むことを検討すべきである。
c 財産権の制約に関する議論に関連して、近年、市民が快適に生活をする心地良さや美しさが重視されるようになってきたことから、景観に一つの価値を認め、これを保全する権利や義務を加えることも考えるべきである。
d 奉仕活動の義務化については、憲法を改正して何らかの規定を設けるにしても、義務付けるという方向はあまり好ましくなく、自発的に参加できるような雰囲気作りをすることが重要である。

イ 国民の義務規定を増やすべきではないとする意見
義務規定を増やすべきではないとする意見は、その論拠として次のようなものを挙げている。
a 近代立憲主義は、国家権力を制限することにより国民の自由・権利を守ろうとするものであり、日本国憲法もこの系譜に位置する。したがって、憲法における規定の名宛人は、あくまでも時の為政者・権力であって、国民を名宛人として義務や責任を数多く課すべきではない。
b 近代立憲主義は、国家権力を制限することにより国民の自由・権利を守ろうとするものであるから、国家が国民に対して、ある義務を課すことを憲法が禁じていないのであれば、法律で自由に課すことができる。
したがって、もし義務を課す必要があれば、法律によって義務を課せばよいのであって、憲法に義務規定を設けたとしても法的意味は全く持たないはずである。
c 確かに、個人対国家という二元的対立を超えて、共同体、家族の再構築を考えることは現代の社会問題の解決のために重要であるが、憲法に義務規定を追加しても、その社会問題の解決にはならないし、むしろ逆効果又は歪んだ効果を生む。
d 権利の観点ではなく義務も記述すべしとの観点は、12 条により既に言い尽くされている。

(略)
Ⅱ 国民の権利及び義務各論
第7 家族・家庭に関する事項
家族・家庭に関しては、選択的夫婦別氏制の導入の是非及び家族・家庭に関する事項を憲法に規定することの是非等について議論が行われた。
1 選択的夫婦別氏制の導入の是非
選択的夫婦別氏制の導入の是非については、同制度を導入すべきであるとする意見と導入すべきではないとする意見が述べられた。

ア 選択的夫婦別氏制を導入すべきであるとする意見
選択的夫婦別氏制を導入すべきであるとする意見は、その論拠として次のようなものを挙げている。
a 24 条は、個人の尊厳と両性の本質的平等を保障している。
b 選択的夫婦別氏が認められていない現状では、どうしても女性の働く権利が侵害される場合があり、女性の側から従来の氏をそのまま使用したいという現実の要望がある。
c 選択的夫婦別氏制を導入すべきではないとする者は、家族の崩壊等の弊害を主張するが、それは夫婦の家庭の作り方、育児の仕方の問題に帰着するのであって、同制度の導入とは関係がない。

イ 選択的夫婦別氏制を導入すべきではないとする意見
選択的夫婦別氏制を導入すべきではないとする意見は、その論拠として、夫婦同氏は日本の良き伝統であり、夫婦別氏制を導入すると、家族の崩壊等を誘発するおそれがあることを挙げている。

2 家族・家庭に関する事項を憲法に規定することの是非
家族・家庭や共同体の尊重のような規定を憲法に設けるべきであるとする意見と設けるべきではないとする意見が述べられた。

ア 家族・家庭や共同体の尊重のような規定を憲法に設けるべきであるとする意見
家族・家庭や共同体に関する規定を憲法に設けるべきであるとする意見は、その論拠として次のようなものを挙げている。
a 顕在化している社会問題を解決するために、社会の基礎としての家族・家庭の重要性を再認識し、家族における相互扶助、家庭教育等の家族・家庭が果たしてきた機能を再構築する必要がある。そのためには、前文や各条項において、家族・家庭の尊重及び保護を明記することが必要である。
b 憲法に家族・家庭の尊重を明記した上で、そのような憲法の指針に従い、具体的施策を展開していくべきである。
c 24 条が行きすぎた個人主義の風潮を生んでいる側面は否定できない。
d 近代立憲主義の流れは重要であるが、それだけでなく、憲法には、国民の行為規範としての役割もある。
e 国家権力と個人が対立するという西欧の人権観や憲法観は、個人より家族・家庭や共同体を重視する日本やアジアには適合しない。

イ 家族・家庭や共同体の尊重のような規定を憲法に設けるべきではないとする意見
家族・家庭や共同体に関する規定を憲法に設けるべきではないとする意見は、その論拠として次のようなものを挙げている。
a 近代立憲主義の流れからすると、家族・家庭の尊重のような徳目的な事項は憲法に書き込むべきではない。
b 憲法に書き込まれるべき価値は普遍的なものでなければならず、家族・家庭の尊重のような普遍的とまではいえない価値は憲法に書き込むべきではない。
c 家族・家庭の尊重のような価値や徳目を法制化することが、かえって逆効果になることは米国の禁酒法の例からも明らかであり、立法者が気を付けなければならない点である。
d 米国のリベラル―コミュニタリアニズム論争におけるコミュニタリアニズムは、家族・家庭や地域コミュニティのような中間団体の役割に注目し、その再生によって社会秩序再構築を図ろうとするが、価値や徳目を法制化することまで主張するものではない。
e 憲法が個人主義に偏っているとの批判があるが、個人主義は決して利己主義と同義ではなく、互いの人格を尊重し合うという意味であり、決して 24 条を否定的に見る必要はない。
f 家庭崩壊等の社会問題を解決するには、憲法に家族の保護を規定するといった観念論ではなく、長時間労働の解消等、家族生活を守るための現実の政策の実現について、子どもの権利という観点から取り組むべきである。
g 家族条項の規定が戦前の家制度への回帰につながることが懸念される。

3 その他
その他、家族・家庭に関しては、家族・家庭の尊重のような徳目的な規定ではなく、国民が、家族的な価値を共有したり、享受することができるような政策を要求することができる権利又はそのような政策を実施する国の責務という性質の規定であれば、憲法上規定することもあり得るとする意見が述べられた。

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